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SoS(システム・オブ・システムズ)は日本が世界での存在感を示すカギになる(前編)

イノベーション, テクノロジー
2019年11月21日

東芝は2018年11月に「東芝Nextプラン」を発表し、世界有数のCPS(サイバーフィジカルシステム)テクノロジー企業を目指すことを宣言した。そのCPSを実現する製品・サービスを開発、提供するために策定したのが「東芝IoTリファレンスアーキテクチャー」である。東芝IoTリファレンスアーキテクチャーは自社で何もかも揃えるクローズドなCPSではなく、オープンイノベーションを目指して策定され、その特徴の一つとしてSoSがある。SoSとは何か、また東芝IoTリファレンスアーキテクチャーがどのように生まれてきたのかなどについて、慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 白坂成功教授と東芝 コーポレートデジタイゼーションCTO兼デジタルイノベーションテクノロジーセンター長 山本宏が語り合った。

慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 白坂成功教授(動画:37秒)

新価値創造のカギは「多視点からの構造化と可視化」

ーー:慶應義塾大学大学院のSDM(システムデザイン・マネジメント)研究科で教鞭をとることになったきっかけについて教えてください。

白坂:私の元々のバックグラウンドは航空宇宙です。東京大学大学院では航空宇宙工学を専攻し、某電機メーカーに入社後は人工衛星の開発に従事してきました。2000年から2年間、交換エンジニアとしてエアバスに派遣され、現地でのプロジェクトを経験しました。これら宇宙関連のプロジェクトを通して、大規模システム開発の方法論を学びました。その後、慶應義塾大学から誘われて大学で教えるようになりました。最初は2004年から理工学部でおこなっていたデザインスクールの担当としてなりシステムズ・エンジニアリングを教えました。それを発展させて研究科にしようという流れで2008年に立ち上げたのが、慶應義塾大学大学院SDM研究科です。 同研究科では、米スタンフォード大学、米マサチューセッツ工科大学(MIT)と共同でつくりあげた『新価値創造の方法論』の授業を行っています。通常の大学院が専門性を深掘りしていくのに対し、SDMではそれらの専門性を横串で束ねて課題解決や新価値創造につなげていくことに特化しています。学生と言ってもほとんどが社会人。お笑いタレントから防衛省の方まで、多様な専門性を持った社会人学生がチームとして新価値創造のためのワークをしています。

ーー:多様性あふれるチームだと、成果を出すのは難しそうですね。

白坂:最初は失敗続きでした。なぜなら、メンバーの専門性が違うため、同じことを話していても理解の範囲が違うからです。人間には「認知バイアス」というものがあり、限定的にしか認知ができません。さらに、同じ認知を繰り返していくと、それが固着してしまって、「専門家バイアス」になります。このように本人は全部を俯瞰的に見ているつもりでも、固着した部分しか見えていないという現象が起こります。この認知バイアスのために、各自の範囲ではちゃんと理解して議論できているつもりでも、客観的にみると議論がまったくかみ合っていないのです。そうならないために、SDMでは「多視点からの構造化と可視化」をおこないながら議論するようにしています。

ーー:日本の産業界では、例えばハードウエア、制御システム、ITなど、それぞれの専門領域を長くやってしまうので、認知の固着が起き、エグゼクティブになればなるほど議論がかみ合わないとも言われます。

白坂:だからこそ「多視点からの構造化と可視化」が必要になるのです。ある領域について議論する時にその専門家は、非専門家に対して自分が伝えたいことを分かるように伝える工夫をしなければなりません。
認知バイアスをこえて議論をするために役立つのが構造化と可視化です。日本語は曖昧性を持つ言語なので、日本人は高い抽象度で議論をすることに慣れていません。ディベートに慣れてない人が議論の場で何か否定されると、自分を否定されたように感じてしまうのですが、手法を使って構造化と可視化をすると、議論の相手にではなくホワイトボードに向かって、概念レベルで議論できるようになるのです。

リファレンスアーキテクチャーの重要性

ーー:議論の道具として、構造化と可視化をうまく手法化されていますね。それはある意味、参照すべきアーキテクチャーと捉えてもよいですか。

白坂:そうですね。リファレンスアーキテクチャーと一口に言っても、種類がいろいろあります。例えば政府が推進しているSociety 5.0の実現のためのリファレンスアーキテクチャーは、相互接続性のためのものです。一方、東芝IoTリファレンスアーキテクチャーはもっと広い範囲を対象に、社会に価値を提供していくためのアーキテクチャーをデザインしやすくすることを目的にしていると思います。

ーー:東芝がこのようなリファレンスアーキテクチャーを打ち出そうとしたきっかけについて教えてください。

山本:東芝IoTリファレンスアーキテクチャーを打ち出した意図は、当社がCPSテクノロジー企業を目指す中で抽象度の高い議論を生産的・建設的に行うため、東芝グループ社員全員のための同じ概念・同じ土俵がまず必要だと考えたことにあります。これはCPS実現のための共通フレームワークであり、迅速なB2BのIoTサービスの開発・提供のための技術的な土台で、制御とサービス双方の共存・協調を図るアーキテクチャーです。CPSとは、フィジカル空間からデータを収集し、サイバー空間でデータを蓄積し、デジタル技術などを用いて分析することで、活用しやすい情報や知識とし、その結果をフィジカル空間や人間にフィードバックし、付加価値を創造する仕組みのことです。このCPSを実現していくためには、技術的なバックグラウンドのない経営陣やステークホルダーにも理解してもらい、議論するための土俵が必要になります。 そこでコンセプトとして用いたのが「弁当」でした。弁当は箱(フレーム)が同じでも、中に入れるおかずによって、様々なバリエーションができます。おかずの具材、つまり様々な要素技術は、自社技術の場合も、他社技術の場合もあります。東芝IoTリファレンスアーキテクチャーを用いることで、サービス開発の再利用性を高め、コスト面、品質面の効果を高めることができるようになります。東芝IoTリファレンスアーキテクチャーは弁当箱と同様、様々な技術を包括的に束ねるためのアーキテクチャーなのです。
同じフレームワークの上で自社が保有している技術を分類・整理することで、経営層も技術者もケイパビリティがどこにあるかを把握できるようになり、どこをクローズにして、どこをオープンにすべきかを明確にした上で投資や開発を進めていくことができるのです。
またIoTやCPSの国際標準を取り入れていることも特長です。少し話はそれますが、ラグビー日本代表は、ワールドカップでの戦いぶりから世界でその存在感を高めています。一方、ITの領域では残念ながら日本の存在感はほぼありません。東芝IoTリファレンスアーキテクチャーをグローバルな業界リファレンスモデルに反映させることで、日本の企業が国際標準に影響を与え、日本の存在感を示していきたいという思いを込めてのことです。

白坂:日本企業はハードウエアが得意なので、そのハードウエアをいかにソフトウエアでデジタル化するかという思考になりがちですが、東芝IoTリファレンスアーキテクチャーはベースがデジタルで、その中でいかにハードウエアを生かすかという考え方を持っているのが、これまでとまったく異なるアプローチだなと思いました。

山本:実は当社でも「このハードウエアがあるけどどうしらたいいか」と、最初にフィジカルありきの議論を行っていました。CPSの差別化のキーを握るのはユニークなフィジカルとデータだとは思うのですが、最初にフィジカルありきでそれを出発点にした議論をするのは止めましょうと話しています。

(株)東芝 コーポレートデジタイゼーションCTO兼デジタルイノベーションテクノロジーセンター長 山本宏

システム・オブ・システムズ(SoS)とは

ーー:東芝IoTリファレンスアーキテクチャーはオープンイノベーションを目指したSoSを考慮しているところも大きな特長です。改めて、SoSとは何かについて教えてください。

白坂:元来、システムは複数の要素から成り立っているという考え方がありました。ビルディングブロックという、サブシステムも、いくつかのサブシステムから成るシステムとして捉える考え方が主流だったので、1960年代、70年代にはSoSという概念はありませんでした。
それが変わり始めたのが1980年代で、SoSという言葉が使われるようになりました。当時、SoSは大規模で複雑なシステムという捉え方をされていました。というのもSoSという言葉を使い出したのが、アメリカの防衛システムを作っている人たちだったからです。Mark W.Maierが1996年、98年に出した論文「Architecting Principles for Systems-of-Systems」でSoSの定義がようやく決着しました。MaierはSoSを運用の独立性と管理の独立性を持ったものとしています。運用の独立性とは、個別の目的で使われているサブシステムがあり、個別に運用されていること。管理の独立性とは、サブシステムはそれぞれ個別に管理されているということです。なぜこのような考え方が生まれてきたかというと、アメリカ軍では陸軍・海軍・空軍の独立性が強く、それぞれシステムを管理しているにも関わらず、統合的に作戦を実行しなくてはならない統幕という概念がでてきたためです。さらには「ネットワークセントリック」という考え方が登場し、お互いがつながって作戦を遂行できるようになったことから、全体をどう統合的・効率的に使えるかという議論になっていきました。

ーー:一般社会でもインターネットでお互いがつながるようになったことで、SoSという概念が必要になったということですね。

白坂:この「つながる」という概念が重要なカギを握っています。今までつながっていなかったものがつながることでシステムのあり方が大きく変わり、まったく違うことができるようになったことが大きいですね。
内閣府が進める革新的研究開発推進プログラム「ImPACT」で、オンデマンド即時観測が可能な小型合成開口レーダ衛星システムというプロジェクトがあり、私はそこのプログラムマネージャーを務めていました。これまでの地球観測のための人工衛星は、どれだけ細かく見えるかという空間分解能と、どのぐらい高頻度で見られるかという時間分解能の2軸で評価するのですが、災害時に役立てるには、いかに「早く」情報が届けられるかが重要になります。「早く」情報を届けるための最大のネックは、災害が起きている場所の特定に時間がかかり、どこで災害が起こっているかが分からないことです。洪水対策であれば、川に複数の水位センサーを取り付け、しきい値を超えそうになると直接人工衛星にその情報を送信します。つまり、災害発生場所を知らせるシステムと、人工衛星とを「つなげる」ことをおこないます。すると人工衛星はその場所を自動で撮影できるようになります。さらに人工衛星にディープラーニングの仕組みを搭載すれば、災害が起こった時に、その情報を必要とするステークホルダーにダイレクトに送信する仕組みが構築できます。
このように新しいテクノロジーを使うことで、同じ人工衛星でも、今までの時間分解能でも空間分解能でもない、即応性という全然違う設計ができるようになるわけです。

山本:白坂先生がおっしゃるように、SoSという考え方が実用的になってきている背景には、3つの技術の進化があると捉えています。第一にハイスピードネットワーク。第二がクラウドコンピューティング。第三がGPS。これらの技術が使えるようになったことが、大きいと思います。また先ほども言ったように、今後日本という国がどこで強みを発揮できるかというと、日本はSoSで勝負するべきだと思うのです。

白坂 成功 氏 写真
白坂 成功 氏

慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科 教授

東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻 修士課程修了
その後、三菱電機株式会社にて宇宙開発に従事。技術試験衛星VII型(ETS-VII)、宇宙ステーション補給機(HTV)等の開発に参加。特にHTVの開発では初期設計から初号機ミッション完了まで携わる。途中1年8ヶ月間、欧州の人工衛星開発メーカに駐在し、欧州宇宙機関(ESA)向けの開発に参加。「こうのとり」(HTV: H-II TransferVehicle)開発では多くの賞を受賞。

2004年度より慶應義塾大学にてシステムエンジニアリングの教鞭をとり、2011年度より現職。

モデレータ:中村 公弘(東芝デジタルソリューションズ IoT技師長)
執筆:中村 仁美
撮影:鎌田 健志
  • この記事に掲載の、社名、部署名、役職名などは、2019年11月現在のものです。

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